遠州弁の落とし穴
「やっとかめ どっとこむ」こんなタイトルでブログを始めてもうすぐ2ヶ月。
名古屋弁ネイティブの方から「何言っとりゃーす!」「おきゃーすな!」
「たーけー!」というお叱りの言葉があるのかな?とビクビクしていましたが
そうでもなく、昨日も好意的なコメントをいただきました。ありがとう。

と書いた後で何なんですが、何を隠そう、私の出身は静岡県の西部地方。
そこで使われている言葉は「遠州弁」なのです。具体的な使用例は
(また)鉄道員・短編集の「うらぼんえ」を読んでみてください。
(言葉だけでなく風習・考え方も基本的にこの通りだからちょっと恐い!)
もちろんどこでもそうですが、お手本のような方言を使うのはお年寄りだけ。
若い人はそこまでの方言は使いません。遠州弁の場合単語は標準語とほぼ同じなので
語尾の違いを少し注意すれば標準語になると錯覚している人も多いのです。
ここが落とし穴。それだけではだめ。遠州弁は発音が微妙に違います。
具体的には単語の頭にアクセントが来る。「ジュビロ磐田」ってありますよね。
あれは地元ではいわたの「い」を強調する。だら〜と「いわた」ではないのです。

そこで遠州弁を扱ったサイトでは、東京で「なまってるね」と言われないために
頭にアクセントがこないように注意しましょう、と言っています。
でもこれ、ちょっと意識し過ぎなんじゃないだろうかとも思えるのです。
サンプルに使っている単語も「それは標準語でも頭アクセントだろう」
というのがかなりあります。そもそも標準語は使い方によって様々で、
どちらかといえば頭にアクセントが来るものの方が多いんじゃないだろうか。
逆に後にアクセントが来るのは関西系だと思うんですが、違いますか?

はっきり言って私にはもうこれは判断ができなくなっています。
これまで浜松、名古屋、松阪(三重県)、行徳、東京と十数回引っ越して
自分の言葉もそれぞれの土地の影響を受けていると思うからです。
たぶんなまっていると思うんだけど、それがどこかももうわかりません。
それになまりを恥だと思ったこともないからどうでもいいんです。

ということで話は戻りますが、ということはですよ……。
東京でこの標準語指南のようなアドバイスを忠実に守っている人は
頭にアクセントが付かないへんてこな標準語を使っているわけですよね。
そういう人を見つけたら「ひょっとして浜松の出身じゃない?」
と言ってからかってやりましょう。
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# by yattokamedagaya | 2005-01-13 22:26 | Memories(Sweet?) | Trackback | Comments(4)
鉄道員 廃線の駅にも人生はある
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民放のプライムタイムの映画は観ないことにしているが、原作の浅田氏自らの解説だったのでついつい観てしまった。これで7回目かな。本は2册目、何十回読んだのか覚えていない。原作を先に読んでしまうと映画はがっかりすることも多いが、「壬生義士伝」とこの映画はさほど違和感もなく観ることができる。むりやり別作品に仕上げるのではなく、作品に対する愛情が強いのか、浅田ワールドを忠実に丁寧に映画化していて好感が持てる。

とはいえ小説をそのまま映画化することは不可能だ。そしてキャスティングに異論が出るのはいつものこと。この「鉄道員」も「健さんがかっこよすぎる。だから作品が台無しだ」という意見が多かったようだ。原作のイメージから言えばそういう意見が出るのもわかる。でも僕は健さんでもいいと思う。普通の老人が鉄道員の人生を誇り高く堂々と全うしていくストーリーは、テクニシャンの浅田氏の小説だから伝わることで、映像にするとチンケなものになりかねない。この作品は見るからに堂々とした健さんが、逆にちょっとしょぼくれた演技をするから良い感じに納まっているんだと思う。それに廃鉱の町の駅長が(外見が)かっこいい男であってもいいじゃないか。

個人が創り上げた小説や映画と実際の生活を重ね合わせるのは甘すぎるかもしれない。しかしこの映画や浅田作品を読むといつも思ってしまう。こんな人知れず死んでいく男の人生にも、仕事に対するプライドや他人には言えない後悔・負い目がぎっしり詰まっているんだ。ひとり一人が主役の人生を誰でも必死に生きてるわけだ。人間もある程度齡を重ねると何でも分っていると思い込んでしまうらしく、ワイドショーのコメンテーターよろしく他人の人生を一刀両断してしまう発言をする御人もいるが、そんな簡単に見透かされるような人生は誰も送っていないはず。思い上った発言は慎まなければならない。自分も含めてね。
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# by yattokamedagaya | 2005-01-11 21:49 | Art & Entertainment | Trackback | Comments(2)
スキー→スノーボード(おまぬけ編)
今はスノーボードだけ。でも8年前まではスキーオンリーで、スノボをするなんて思ってもみなかった。あるまぬけな偶然が僕をボーダーに変えたんだ。

それはそのシーズン最初のスキーだった。ゲレンデに向かう僕の足はスキーブーツを履いているにもかかわらずいつもより軽い。体調が良いのかなとも思ったが原因はそのブーツにあった。両足とも土踏まずあたりで真っ二つに割れていたんだ。これではビンディングにセットすることもできない。しかたがないのでレンタルにしようとショップに向かう間も一歩歩く事にぼろぼろと分解して、着いた時にはインナーブーツしか残っていなかった。店員に笑われながらもブーツを借りたんだが、ふと横を見たらスノボのセットもレンタルしていた。しかもかなり安い。ブーツだけ借りるのも何か無駄な気がしていたので僕はそれに飛びついてしまった。友だちに「オレ午前中はこれ練習するから、昼飯の後からいっしょに滑ろうぜ」と言ってゲレンデに飛び出す。そして見よう見まねで装着して歩き、さっそくリフトに。理屈はわかるんだ。スキーの動きを横乗りにするだけなんだから。それに僕はサーフィンもやっていたからそれとほぼ同じ。3時間で充分滑れるようになると思っていた。

──とんでもない。両足を固定することがこれほど動きを制限するものだとは思わなかった。理屈はぶっ飛び恐怖心だけが残る。しかもその日は晴天続きのアイスバーンだ。尾てい骨が砕けるような尻餅を何度も繰り替えす。他の人の邪魔になりたくなくてゲレンデの端で練習していたのもいけなかった。起伏のある緩斜面ではスノボはコントロールできない。そんなことも知らなかった。2時間も過ぎると途方に暮れて他の人の滑りを見ているだけ。時間はどんどん過ぎてもうすぐ昼。何とかしてレストランにたどり着かなければ……。覚悟を決めて、もう一度基本を思い出して、もう他人のことばかり気にしていられるかとゲレンデ中央に滑り出る。

──コツはそれだけだった。ビビらずにある程度の傾斜のある平らな斜面で滑れば理屈通り板はコントロールできるものだった。面白くなってもう一度リフトに乗って少し遅れてレストランに着いた頃には「スノボなんて簡単じゃないか」と言える自信も戻っていた。でも必死だったから僕は気付かなかっただけで、皆僕がビビっていた所も見ていたらしいし、僕のパンツ(スキーのデモパン)の尻はその時びりびりに破れていた。これが僕のスノボデビュー。ダメージも大きかったけど、思ってもいなかったスキーと違う楽しさはその日からやみつきになって、次のシーズンから僕はスキーを止めてスノボオンリーになった。
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# by yattokamedagaya | 2005-01-11 17:26 | Sports & Health | Trackback | Comments(2)
豪雪の中の初詣
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大晦日から戸隠にスキーに行った。ここは霊峰戸隠山の麓。地域一帯が神社の中という趣だ。宿の近くにも中社の堂々とした鳥居があったので「明日ここで初詣しようぜ」と着いた時には皆言っていた。ところが宿に入ると毎日テレビを観てばかりで外に出ようともしない。あまりテレビを観ない僕は、しかたがないのでひとりで初詣と散策に出かけることにした。皆が外に出たくない理由はもうひとつある。31日1日と二日続けて大雪が降って村全体が雪に埋もれてしまったからだ。
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宿で長靴を借りて中社に向かう。本当は奥社に行きたかったのだが、かなり距離があるのであきらめるしかない。しかしここでも順路を外すと70cm程の積雪だ。正面から鳥居をくぐり石段を滑らないように気を付けて登って行く。誰もいない。正月に誰もいない神社を初めて見た。ただ足跡があるから来た人はいるようだ。本殿にたどり着く。地元の人がひとりいたので一安心。入ってはいけなかったのかと不安になり始めていた頃だった。でもそれ以外は神主も巫女もいない。天の岩戸を開けた時にこの地に戸が落ちて、それを隠したことが戸隠の地名の由来らしいが、この神社の祀っているものや御利益の種類もわからない。とにかく皆の幸せと明日無事に帰れることを祈って境内を出る。

b0066893_1701041.jpg神社の御利益はその神社に集まる人間の数に比例すると聞いたことがある。つまり人が集まる神社には「幸せになりたいパワー」が溢れているから、その力で幸運を引っ張ってくるということだ。根拠のない神頼みよりもこの考えの方が納得できる。だから行くのなら明治神宮と決めていたのに、今年はたったふたり分のパワー。何も期待できないなと思って宿に帰った。しかし御利益はその後すぐにやってきた。その晩から雪はぴたりと止んで、翌日は朝からピーカン。気温は低いが一日中雲ひとつない晴天だ。渋滞で帰宅は深夜になったが帰れただけで充分。神の存在を信じたくなる一日だった。
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# by yattokamedagaya | 2005-01-06 17:17 | Temples & Shrines | Trackback | Comments(0)
恒例年越しスキー&スノボツアー
ここ7年ほど、年越しスキー&スノボツアーというものをやってます。
でも今年ははっきり言ってやめたい。でも運転手だからドタキャンできない。

カウントダウンやクリスマスのスキーと言えば聞こえはいいけれど
雪は少ないし、スキーブームが去ってからはたいしたイベントもありません。
それにアフタースキーは部屋に戻って酒飲んで、格闘技か紅白を観ながら
ダラダラしているだけだから、どこにも行かないさえない年越しと同じです。

仕事が忙しくて最近主催者を降りているから文句言えないんですけど
年々女の子とスノボ(僕はスノボです)の参加者が減っていて、
今年は両方ともゼロらしいです。場所は地味な戸隠らしいし
雪はほとんどないし、天気予報は雨か雪。行く意味あるのか?これは修行か?

さらにもうひとつ。ギリギリまで仕事していてまだ年賀状ができてません。
というよりまだプランもできていません。
こんな状態で行っていいんだろうか。僕らは年賀状も仕事の一環なのに。
去年のように構想10分、制作1日で作っていては選手生命にかかわるし。
今年はもう少しプランを練らないと、と思っていたのにまた同じ。
困った。──ところで来年何年でしたっけ?
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# by yattokamedagaya | 2004-12-29 20:57 | Sports & Health | Trackback | Comments(6)