世界の中心で愛を叫んだけもの
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10年以上前にこんな本を買った。今買えば「お客さん、この本で良いんですか?“けもの”が付いてますよ」な〜んて親切な店員に言われるかもしれない。実は例の「セカチュー」の本の発売キャンペーンが始まった時に、「そういえばこんな本があったよな〜」と探し始めて、最近ようやく押し入れの隅でみつけたんだ。

別に今頃パクリだと騒ぐわけじゃない。題名には著作権はあまり関係ないようだし、これは翻訳だし、そして何よりも中身が全然違う。何であれが「世界の中心で愛をさけぶ」なのか今でもよくわからないが……。

でも僕がこのタイトルに引かれてこの本を買ったのは事実。音楽で言えば“ジャケ買い”のようなもの。この種のタイトルが売り上げに関係あるのなら、あの「セカチュー」もちょっとまずいのかな、偶然の一致はありえないもんな。

前振りが長過ぎました。言いたいことはこんなことじゃなくて、この本の内容だったのに……。長くなるんでまたそれは次回。
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# by yattokamedagaya | 2004-11-18 19:56 | Art & Entertainment | Trackback | Comments(0)
幻の蕎麦屋
 浜松町に “幻の蕎麦屋” と呼ばれる店がある。
 なぜ幻なのかというと、理由はふたつ。ひとつは何処にあるのかわからない。そしてもうひとつは、いつ営業しているのかがわからないからだ。
 もちろん蕎麦は旨い。しかも他所にはあまりないタイプの蕎麦なのだ。つなぎ3割というその蕎麦は少し太めで角が立ち、ざるでもせいろでもない容器に乗せて供される。量は異常に少ないが、1枚300円なので数枚注文することがここの常識。

 所在地を明確にしない理由は、行ってみればすぐにわかるだろう。カウンター6席だけの狭い店内に親父さんひとりがいるだけなのだ。当然客の回転は悪いから、少しでも宣伝らしいことをすれば店内、店外に長蛇の列ができてしまう。親父さんはそれが嫌らしい。だから雑誌やWebで紹介するときも、所在地は浜松町とするだけで店名、電話番号は入れない。これがルールになっている。
 しかし、抜け駆けなのか知らないのか、全データを入れてしまうサイトも出て来て、このルールは今や在ってないようなもの。少し身を入れて検索すればすぐにみつかってしまうのである。

 次にもうひとつの幻、営業日・営業時間。公にはここの休日は毎週水・土・日・祝。7月から9月、年末年始ということになっている。これだけでも1年の約4分の1しか営業をしないことになるのに、さらに不定期の休みが信じられないほどある。
 営業時間も午前11時30分から午後7時まで、ということになっているがこれも不規則。最近では午後2時には終わっているようだ。
 どうです? まさに “幻の蕎麦屋” にふさわしいプロフィールでしょう。
 こんなわがまま蕎麦屋の親父は、さぞかし偏屈な気難しい奴だと思うでしょう。

 ──それが違う。大違い。人の良い親父さんなんだ、これが。
 先日、数カ月ぶりの営業日に遭遇した日もそうだった。と言っても11時45分位になってもまだ暖簾を出していなかったんだが……。こんな時は黙って通り過ぎるのがルール。ところがそこに掟破りの中年男女3人組が登場。「まだ開いてないの〜」と催促されて、親父頭を掻きながら暖簾を出してしまった。
 すると待ってましたとばかりに僕を含めて3人が次々と入店。これで満席。親父はまだ店を開けるつもりはなかったのに……。そのあとすぐにふたり来店して、開店早々大忙しだ。親父「いやんなっちゃうな〜」と言いながらも、歯の抜けた前歯でニコニコ笑っていた。
 ここまで親父と書いてきたが、親爺と書くのが正しいだろう。御年73歳。そんなお爺さんがひとりでやっている蕎麦屋なんだから、という理由で幻はすべて許されるのではないだろうか。それに店を開けたからには、いいかげんな仕事をするわけではない。時間はかかるが職人らしい丁寧な仕事だ。

 ところでこの浜松町のお店、実は期間限定らしい。聞いた話だがこれがちょっと粋な話なので、最後にここで紹介することにする。
 それまでラーメン屋を経営しながら浦和で蕎麦屋を営業していたこの親父さんだが、その実の親父、お父様が73歳でお亡くなりになっているそうだ。親父さんもその歳になるまでは働こうと決心して、すべての店を譲り、最後に5年間だけ営業するつもりで、1997年にこの浜松町の店を持ったらしい。5年営業すると彼は72歳。そして残りの1年は様々なことを整理するために取っておいたということなのだ。
 そんな彼ももう73歳。どうしたことか1年長いぞ。もちろんまだまだお元気だからこの先数年続けることはできるだろう。でも逆にいつ止めてもおかしくないということだ。
 老料理人が最後の花道を飾るこの蕎麦屋。店を閉める時は幻の蕎麦屋らしく、いつもの張り紙一枚で、静かにひっそりと去って行くのだろう。
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# by yattokamedagaya | 2003-11-21 11:09 | Eat & Drink | Trackback | Comments(0)
イタリア街
 2003年9月の今現在、シオサイトもそろそろ完成型が想像できるまでになってきた。日テレタワー側もほぼ完成して、地上2階から地下2階までがひとつになったようなシャレた空間が生まれている。
 そしてその南側、浜松町側につながる地域も開発は順調に進んでいる。この新橋・汐留から線路を隔てて西側になる区域。地名で言えば東新橋二丁目。そこが問題のイタリア街になる場所だ。「チッタ・イタリア」と言うらしい。

b0066893_14455883.jpg 「チッタ・イタリア」は2006年に完成予定。現在は「WINS汐留」の “神殿” やレストラン・カフェ等、数店しかオープンしていないが、工事は急ピッチ。このままなら来年にも完成なのでは……という勢いだ。
 イタリア人建築家のデザインというこの街区は、レトロな小規模ビルが立ち並び、道路にも石畳を敷き詰め、広場や街路灯、植栽もイタリアの街並みを感じさせる造りになるらしい。衣・食・住から、仕事・遊びまですべて含めた “イタリアのような” 街を作るらしいのだ。線路の反対側、高級・高層マンション「ツイン・パークス」(このネーミングも何だかな〜)の横にも “イタリアのような” 公園を作っている。

 他人事として見るならば、街が新しくなるのは楽しい事。生活がすべて詰まった街づくりも今の流れのようだ。でも、どうしても納得できないことがひとつある。
──何でイタリアなの?

b0066893_14464480.jpg 田舎のテーマパークじゃないんだよ。ここは東京、日本の首都だ。世界に誇れる文化を持った国の首都の、しかも新しい時代を拓くプロジェクトに、なんで “イタリアのような” ということをコンセプトにした街や公園が組み込まれなければならないんだ? 2年前、始めてこの構想を知った時は「冗談だろ〜」と笑っていたが、ここまでカタチができてしまうともう笑い事じゃない。
 調べてみると、この構想はイタリア側から資金面も含めたアプローチがあり、それに地権者中心で構成された協議会が賛同して、都に働きかけて実現したらしい。地元住民が、将来の生活や地域の発展を考慮して決めたことに、となり街のぼくが文句をつける権利はないかもしれない。
 でもこの構想を推進している人たちは、ぼくのように「日本人としてどうなの?」という発想はないんだろうか。全員一致で賛成したらしいが……カッコ良ければいい儲かればいいと、そういうことなんだろうか。

 このイタリア街の話を、ある帰国子女にしたら「だから日本人はだめなんだ!」と一蹴されてしまった。本物の外国人はどう思うんだろう。それにこれは日本人としての問題なんだろうか?少なくともぼくの周りでは、イタリア街に好意的な者はいない。
 ちなみにそこで働いている人たちもそうみたいですよ。JRAや工事関係者に質問すると、待ってましたとばかりに答えてくれる。「冗談じゃないよな〜」で始まることばはぼくよりも辛辣だ。それで生計を立てているのにそこまで言っていいのかねというくらい。

 ともかく、イタリア街はできてしまう。東京のど真ん中に。
 そしてその中心にデ〜ンと構えるのは、場外馬券売り場なんだぞ、建物の形はともかく。そしてそのとなりには公園。せっかくオシャレな街を目指したつもりでも、立会川の駅前のような状態になってしまわないだろうか?それがもうひとつ気になるところだ。

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「ツインパークス」横にできる公園の女神像のひとつ。
包まれていても、シルエットから何の像かわかるでしょ。
こんな超メジャークラスビーナス像12体が公園を囲みます。
他に工事現場に用意されているものを見ると……
大きなテラコッタの瓶だか鉢だか、
レンガ、大理石のような4本の円柱……ヤメテクレ!



※「チッタ・イタリア」は「ヴィータ・イタリア」に名称変更されました。
※「ヴィータ・イタリア」は「コムーネ汐留」に名称変更されました。
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# by yattokamedagaya | 2003-09-17 00:00 | Location | Trackback(5) | Comments(0)